2006年09月26日

『日本沈没』

 ちょっと、幸喜よんで幸喜!!
 と、叫びたくなるくらい、「脇役がもったいない」映画。
 ヒロインのご近所ーズは誰もが認めるところですが、そのほかにも名前のない群集たちが、すごくいい味を出してた。

 ものの数秒で集団強盗へと変ずる、スーパーの客たち。
 それを必死にとどめるも、人並みに抗しきれない店長。
 運び出される国宝を見守る僧侶たちは、セリフがないだけに、深読みを誘った。

 その中でも、最も私の目を引いたのは、要人たちが避難用ジェットに乗り込むシーン。
 飛行場に押し寄せる群集の中の一人だ。
 滑走路と群集とを隔てるのは、頑強なフェンス。人の力などで壊せようはずもない。それでも群集は前へ前へと進もうとする。
 まるで、自分の前にあるのはただの肉の壁だとでもいうかのように。

 いや、「まるで」どころか、まさに彼らにとっては、他の人間は障害物に過ぎないのだろう。たとえそれが、まだ歯もそろわない、赤子であっても。
 フェンスに押し付けられ、「子どもがいるんです! 押さないで!!」と叫ぶ母親。彼女が、災害時における人間のすべてを体現しているように、私には思えた。

 わずかな希望にすがるあがき。
 大切な人を守ろうとする思い。
 思いのあまり、群衆が来ると容易に予想できる場所へ赤子を連れてくる、愚かさ。
 そしていざその場になると、「子どもがいるからやめて!」と叫ぶ自分勝手さ。
 
 たった数秒のシーンではあったが、あの母親は、人を愛し、生を求め、もがき、そして愚行を犯す……まさに人間そのものだったのではないだろうか。
  
 災害時に限らず、人はいつだって自分勝手だ。
 自分勝手に誰かを好きになって、大切に思って、その人を守ろうとあがく。
 悲劇も喜劇も、感動の超大作も隠れた名作も、そんな自分勝手な人間たちが集まってできているのだ。
 
 だからこそこの映画に必要だったのは、草塙笋任蘯萄薀灰Δ任發覆�て、名もない大衆たちの物語だったのだと、そう思えてならない。


 ……でも、大地真央は良かったと思うぞ。彼女が主役なら、また違う面白さが出たかも。中高生に受けたかはわからんが……。

日本沈没@映画生活
posted by つぶらやあきら at 19:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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